2011年 07月 15日
あらすじ
自動車事故で母を失い心に傷を負った13歳の少年TJ、妻の死から立ち直れないTJの父ポール、人生の閉塞感に押しつぶされそうなスーパーのレジ係の二コール。そんな彼らの前に、長髪で上半身裸の謎の男ヘッシャーが現れた。勝手にTJの家に住み着いたヘッシャーは、持ち前の粗暴で下品な行動で次々とトラブルを引き起こす。ヘッシャーのパワフルな言動にやがて周りの人々は少しずつ変わり始めていく。
下品で粗暴という世間一般のメタル(とヘヴィメタル)に対するイメージを体言しているのがヘッシャーさんです。演じてるのはジョセフ・ゴードン=レビット。「(500)日のサマー」の主人公の人ですね。インセプションにも出てました。身勝手で自己中心的で、それでいて憎めなくて自然と周りの人のパワーを与える。この手のキャラクターが登場する場合、物語の進行は大きく2つのパターンになる。そのキャラクターが何らかのトラブルを引き起こし、それをみんな(あるいはそのキャラクター)が解決することで周りの人が成長するパターンと、既にある問題をそのキャラクターが解決し、そして周りの人が成長するパターンだ。予告を見ると本作は後者っぽい。メインの登場人物は皆、心に喪失を抱えている。「ああきっとヘッシャーさんがトンデモ・メタル殺法で彼らの心の穴を埋めていくんだな」と観る前は思っていた。
物語は事故で壊れた母の車が処分場へ運ばれるシーンから始まる。TJは自転車で車を追いかける。しかし必死に追いかけても母(の車)には追いつけない。これがTJの前にある現実であり彼の喪失だ。やがてヘッシャーが登場し、冗談のような方法でTJの家に住み着くようになる。彼の言動はすべてが予想通りにエキセントリックだ。実際、映画館ではへっしゃーの言動にはたびたび笑いが起きていた。僕も笑った。 ところがである。ヘッシャーさんがいくら暴れてもなかなか周りの人の心に変化が起きない。 一応、主人公のTJはヘッシャーの影響か多少は成長するのだが、それもどうにも中途半端だ。TJは自分は学校で虐めていたやつに反抗するようになるのだが、このエピソードは最後にめんどくさい問題を起こしたまま投げやりに終わる。どうしたことだ。 結局のところヘッシャーさんが引き起こすトラブルの数々は爆笑もので、彼は魅力的なキャラクターなのだが、個々のエピソードは孤立したままだ。TJとヘッシャーの間に友情が成立するわけでもない。「ちょ、お前!なにやってるんだ!やめろ、やめろって言ってるだろ!」というのがヘッシャーのムチャ振りに対するTJの気持ちだ。そして最後にTJと父とヘッシャーはあることをするのだが、それでも問題はほとんど解決しないまま物語は終わる。きちんとした物語的カタルシスを期待すると肩透かしを食らう。
しかしこれはこれでよい。物語的にはきちんと決着がついたほうが気持ちはいいが、現実には人間そう簡単に成長しないし、問題も簡単には片付かない。ましてや堅実な努力ではなく、でたらめな手法を用いたならなおさらだ。メタル野郎ごときにお手軽に人生の問題を、心の喪失を解決されるのはいかにも安っぽい。僕はそーいうのが大っ嫌いだ。メタルは愛しているが、音楽ごときで救われる人生なんてごめんだ。僕が音楽(そして映画)を摂取するのは心の暗黒面を維持・育成するためであり、救いではない。音楽が「愛と平和」そして「癒し」の"ためだけ"にあるなどと考えているやつらとは一生分かり合えないし、そーいう奴らはチャンスがあったらぶっ殺してやりたいとさえ思っている。
話がそれてしまった。本作では当然ながら多くのハードロック/ヘヴィメタルの楽曲が使われている。予告で流れるメタリカの「モーターブレス」をはじめ、僕好みの音楽が演出に一役買っている。特にモーターヘッドの「ロック・アウト」が流れる場面、車の事故に関するくだり素晴らしい。なんというかモーターヘッドが流れた時点で、僕とそして一緒に観ていたメタル好きの友人はこれから起こるであろう展開に思わずヘッドバンキングをしそうなぐらいに興奮した。そしてその期待は裏切られなかった。ヘッシャーさん、最高でした。
MOTORHEAD / Rock Out
自動車事故で母を失い心に傷を負った13歳の少年TJ、妻の死から立ち直れないTJの父ポール、人生の閉塞感に押しつぶされそうなスーパーのレジ係の二コール。そんな彼らの前に、長髪で上半身裸の謎の男ヘッシャーが現れた。勝手にTJの家に住み着いたヘッシャーは、持ち前の粗暴で下品な行動で次々とトラブルを引き起こす。ヘッシャーのパワフルな言動にやがて周りの人々は少しずつ変わり始めていく。
下品で粗暴という世間一般のメタル(とヘヴィメタル)に対するイメージを体言しているのがヘッシャーさんです。演じてるのはジョセフ・ゴードン=レビット。「(500)日のサマー」の主人公の人ですね。インセプションにも出てました。身勝手で自己中心的で、それでいて憎めなくて自然と周りの人のパワーを与える。この手のキャラクターが登場する場合、物語の進行は大きく2つのパターンになる。そのキャラクターが何らかのトラブルを引き起こし、それをみんな(あるいはそのキャラクター)が解決することで周りの人が成長するパターンと、既にある問題をそのキャラクターが解決し、そして周りの人が成長するパターンだ。予告を見ると本作は後者っぽい。メインの登場人物は皆、心に喪失を抱えている。「ああきっとヘッシャーさんがトンデモ・メタル殺法で彼らの心の穴を埋めていくんだな」と観る前は思っていた。
物語は事故で壊れた母の車が処分場へ運ばれるシーンから始まる。TJは自転車で車を追いかける。しかし必死に追いかけても母(の車)には追いつけない。これがTJの前にある現実であり彼の喪失だ。やがてヘッシャーが登場し、冗談のような方法でTJの家に住み着くようになる。彼の言動はすべてが予想通りにエキセントリックだ。実際、映画館ではへっしゃーの言動にはたびたび笑いが起きていた。僕も笑った。 ところがである。ヘッシャーさんがいくら暴れてもなかなか周りの人の心に変化が起きない。 一応、主人公のTJはヘッシャーの影響か多少は成長するのだが、それもどうにも中途半端だ。TJは自分は学校で虐めていたやつに反抗するようになるのだが、このエピソードは最後にめんどくさい問題を起こしたまま投げやりに終わる。どうしたことだ。 結局のところヘッシャーさんが引き起こすトラブルの数々は爆笑もので、彼は魅力的なキャラクターなのだが、個々のエピソードは孤立したままだ。TJとヘッシャーの間に友情が成立するわけでもない。「ちょ、お前!なにやってるんだ!やめろ、やめろって言ってるだろ!」というのがヘッシャーのムチャ振りに対するTJの気持ちだ。そして最後にTJと父とヘッシャーはあることをするのだが、それでも問題はほとんど解決しないまま物語は終わる。きちんとした物語的カタルシスを期待すると肩透かしを食らう。
しかしこれはこれでよい。物語的にはきちんと決着がついたほうが気持ちはいいが、現実には人間そう簡単に成長しないし、問題も簡単には片付かない。ましてや堅実な努力ではなく、でたらめな手法を用いたならなおさらだ。メタル野郎ごときにお手軽に人生の問題を、心の喪失を解決されるのはいかにも安っぽい。僕はそーいうのが大っ嫌いだ。メタルは愛しているが、音楽ごときで救われる人生なんてごめんだ。僕が音楽(そして映画)を摂取するのは心の暗黒面を維持・育成するためであり、救いではない。音楽が「愛と平和」そして「癒し」の"ためだけ"にあるなどと考えているやつらとは一生分かり合えないし、そーいう奴らはチャンスがあったらぶっ殺してやりたいとさえ思っている。
話がそれてしまった。本作では当然ながら多くのハードロック/ヘヴィメタルの楽曲が使われている。予告で流れるメタリカの「モーターブレス」をはじめ、僕好みの音楽が演出に一役買っている。特にモーターヘッドの「ロック・アウト」が流れる場面、車の事故に関するくだり素晴らしい。なんというかモーターヘッドが流れた時点で、僕とそして一緒に観ていたメタル好きの友人はこれから起こるであろう展開に思わずヘッドバンキングをしそうなぐらいに興奮した。そしてその期待は裏切られなかった。ヘッシャーさん、最高でした。
MOTORHEAD / Rock Out













